日本におけるピルの進化の歴史

高確率で避妊ができる手段として経口避妊薬(ピル)は世界中に普及していますが、その歴史は意外と浅く、国により認可されたのは1960年のアメリカが最初です。
経口避妊薬が誕生したのも1950年代にアメリカで登場したのが最初で、それ以前の避妊の歴史では女性主導で避妊できる手段といえばペッサリーぐらいでした。
しかし、ペッサリーの普及率が高かったかといえばそうではなく、日本においても、海外においても人工妊娠中絶による堕胎が数多く行われてきた歴史でもあります。

ピンカス博士とロック博士により経口避妊薬の研究が始められ、1950年代後半には日本医科大学の石川教授を班長とした研究チームが日本においても研究を本格始動させ、ノアルテン錠とエナビット錠という二つの医薬品を月経異常治療薬として完成させました。

しかし、だからといって避妊薬や不妊治療のためにすぐに定着したわけではありません。
当時は高用量ピルであったため、服用時に強い吐き気などを伴い、服用できない女性が多かったばかりか、1961年にはピルには血栓症のリスクがあるという報告が成されました。
それにより血栓の原因となるエストロゲンを大きく減少させて現代の低用量ピルの開発に各国が着手するようになり、1973年に初めて低用量ピルが開発されました。

1970年代後半には欧米では40%近い女性がピルを服用していたというデータがあるため、低用量ピルの開発と共に欧米では経口避妊薬を用いた避妊が定着していたことがわかりますが、日本ではまだ認可もされず、依然として人工妊娠中絶の割合も高い状態が続いていました。
日本で低用量ピルが認可されるのは、それから20年以上も先の1999年です。
世界の国々と比較してもこれは非常に遅い判断で、ピルが開発されてからの副作用の報告やリスクを懸念してが一番の理由ですが、別の理由の一つには日本における性教育の消極性や一般に普及したイメージの悪さ、入手方法の複雑さも関係していると考えられます。

日本はピル後進国で、普及率は低い

このように日本は世界各国と比較しても、ピルに対して非常に消極的な国で、国として認可したのは国連加盟国の中では最も遅い判断でした。

1999年に認可されてはいますが、現在国内での普及率は1%強と非常に少ない数値です。
欧米女性の間での普及率は50%と言われているため、比較するとその数値の低さがよくわかると思います。

では、なぜ日本ではこのように低い普及率なのかというと、ピルに対してあまりよくないイメージを持っている人が多いためでもあります。
現在、開発されている低用量ピルまたは超低用量ピルは副作用も少なく、正しい使用方法で服用すれば100%に近い確率で避妊することができ、入手方法も産婦人科を受診すれば良いので明確です。
また、生理周期をコントロールすることで不妊治療や月経異常などの治療にも使用されていて安全性も高いです。
しかし、かつての歴史の中にあった酷い副作用を伴う薬というイメージや、間違えた飲み方をすると不妊になるという誤情報、入手方法も面倒なのではないかといった悪いイメージがつきまとい、敬遠する人も少なくないのが現実です。

また、世界の欧米各国と比較して日本の性教育は消極的です。
日本の性教育の歴史を見ても、これまで学校や家族感で積極的に性教育が語られることはなく、むしろタブー視されてきたところもあるため、ピルが安全に且つ高い確率で避妊できること、不妊治療にも使われていること、またその入手方法などを知らないまま大人になっている女性が多いのも低い普及率の一因であると言えます。

日本においてはまず性教育の時点で避妊や不妊、ピルの正しい入手方法などについて正しい知識を与えて、世界各国と比較してこれだけ日本が後進国であることを知り、しみついた悪いイメージを払拭するところから始める必要があります。